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2009年4月15日水曜日

誰と話そうかナ。同窓会風景。

●一番前で、頭に鉢巻をしている男がアトムです。ヤツは、ノッテ来たときや酔いがやや回った来た時に始まる行動特性があります。

ご存知、広瀬なかさんです。

●当初、参加が危ぶまれていたが、時間が間に合えば、参加するとのことだった。「竹倉くんに逢いたい」との願いは、実現された。彼女はいつも元気(元気過ぎる?)だ。ますますエネルギシュである。ご主人もOB会でお会いするが「真逆」?で、物静かで、落ち着いた紳士である。一度、お正月にご自宅に正崎さんとお伺いをした時、おいしいお酒とうまいツマミを頂いた(御餅も)記憶がある。
●彼女は、東大生協の女性グループと登山やハイクをやっているらしい。一度参加させて貰いたい。

再び、同窓会の風景です。

●乾杯の音頭は、『最遠方者』ということで、秋田から参加した佐藤忠一さんにお願いした。通称チュウさんと呼んでいた。彼は寮生であったことが今年の2月横浜で再会した時にわかった。寮でも、統一寮ではなく、『練馬寮』である。まったく知らなかった。(多分、東大生協のみかと思われるが)


2009年4月13日月曜日

光岡さんと連絡できた!

●連絡先が不明だった「光岡」さんと40年振りに電話で話した。彼女は大変に元気で、なんと、立命館二部で学び卒業をした事、二児の子供も育て上げ、立派な人生を歩んでいた。同窓会の件を話したら、出たかった、逢いたかった、またすぐ開けないの」と強い期待をしていた。(会いたい人も3名ほどスグに出る)

●今は、岡山の津山市に在住している。こちらに来ても、オバさん宅などに宿泊可能なのでとの事。
3月28日同窓会に都合で参加出来なかった方は、20名以上になる、10名くらいでもいいので、同窓会パート2を今年中に企画してもいいか考えよう。アンケートでは、3年後の開催が多く、パート1に参加した方にも、案内をしてもいいのでは..。連絡先不明の方はまだ沢山いる!

2009年4月10日金曜日

初参加。対馬さんです!

●変らない「落ち着き」と「クールさ」は、どこか初老の紳士(失礼)さが漂いませんか?対馬さんと言えば「平和委員会」今でも活動されているとの事。今回、カメラマンを頼みました。同窓会の記念写真は、後でくるのが普通ですが、今回は、撮ってすぐその場でお渡しする事にムリを言ってお願いしました。皆様にはお待ち頂き、申し訳ありませんでしたが、経費対策と鮮度重視との思いで実施しました。

●あの「白樺湖」のカメラマンだった高澤さんの教訓も生かされました。写真を撮ってくれる人は「そこに私は居ません」状態になります。今回は対馬さんと高澤さんが入れ替わりで撮っていました。

◇お願い
 ご自分のカメラに同窓会の写真がある方はメールか郵送でお送り下さい。ブログに掲載いたします。

同郷人の及川さん(旧姓・佐久間)も初参加!

●すっかり、都会の奥様になっていた及川さん。私と同郷の福島県出身、本人は「訛りが取れず話すのが苦手」といつも言っていたような覚えがある。でも彼女らしさであるし、長岡さんを見ろよ、堂々としている(失礼) でもその訛りも懐かしい。
●彼女のご主人は東大の職員さんと聞いた。写真コーナーで「山の写真」を出しに来店する彼。山が好きな彼女、そしてめぐり合い。お客と店員の関係から「山を愛する共通点は、点から線、線から面に」

●今回、彼女は、私の記憶の奥底で眠っていたある人を連れ出してくれた。その人は「森作さん」です。
完全に覚えていないので、当人から名前を告げられても?かなりの時間を経て、おぼろげながら出た方です。在籍期間がかなり短い点もありました。(在籍中の写真は後日にアップ)
今は、横山たえ子さんです。

●及川さんはコープさいたまの組合員。総代会で石川祐司さんと遭遇。休憩時間に二人で話しをした。
及川さんの友達が「あなた、どうして理事長とお話できたの?」と聞かれたとの事。
また、横山さんは、コープかながわの組合員で、私が店長をしていた「小菅ヶ谷」に住んでいる。

あの長岡節が、また聞けた!!

●まるで、元気が看板を背負って歩いている原さん(旧姓・長岡)!!「豪快な笑い方」「懐かしく思える、あの訛り」そして「あのハイトーン」は、永遠です。その存在感は不動!

●神奈川県伊勢原に在住、御詠歌など歌や踊り?を趣味に活躍中。その元気の秘訣、教えて!
 また、彼女は、今回、初参加の下田ミホ子さんの連絡先を教えてくれました。(着物姿の美人)そんな気配りをしてくれるところもさすがですネ。

石崎ヒナ子さんです。(旧姓・榊)

●石崎さんも、初参加?通称、「ヒナちゃん」と呼ばれ、皆から親しまれていた彼女は、「九条の会」など地域活動をしっかり頑張っているそうです。小さな体に秘めたパワーは、健在でした。何故か、段々、若くなっているみたいで、どうなっているのでしょう?
●彼女の「一言メッセージ」がFAXの紙がジャムってしまい、掲載できませんでした。深くお詫びいたします。後日、ブログに掲載予定です。

2009年4月9日木曜日

当日は彼女がすべてだった。山野内さんです。

●世話人ではないのに、彼女は、受付をこなし、生協への支払いもやり、二次会の会計も全部やってくれた真の世話人です。名ばかり管理職が問題になりましたが、世話人の勝負ドコはなんといっても、当日が勝負です。いくら準備しても当日がダメな時は評価が厳しいのです。
●できる人とは、彼女のことです。受付で会費を頂く、2人分で8000円を7000円を支払い「ハイ、二人分」と勘違いする人(故意ではなく、老化からくるらしいが)、そんな時でもにこやかに、「ごめんなさい、1000円足りないのネ」とやさしく。1度あげた資料を「貰っていない」(同様です)「ハイわかりました」とその人の席から持ってきて「はい。どうぞ」その後、資料には、あやうい人には、名前を書いて渡していた。会が始まる、事務局に駆け寄り「もう少し、広くして上げられないかしら」という。そうだ狭い、生協に会場が狭すぎるのでなんとかして欲しいとリクエスト。少しだけ広くなる。

●終了間際は、私は酔い、後は二次会。写真のプリントと機材を宅急便で送るだけ(この支払いも記憶なく後日、対馬さんに聞いて、チャンと支払っていた事を確認した。宅急便の領収書はあったが、写真はレジに申請しないとダメでそれをしなかった)そんな状態のまま、彼女は、生協の支払い、カンパ金、二次会の収支をいつの間にかやっていたのだった。それは、翌日、ザックを開けた時に袋の表にすべて人数から収支・残高まで記入されていた。 感謝の二文字だった!

●私は、お礼のメールを送った。彼女からの返信「私の運命なので...。」ガーン!!

そこで、皆様にマジなご提案です。
彼女を世話人にしたい事です。第四回の同窓会でも同様なことをやっているのです。今回の同窓会を開くに当たっても、彼女に世話人を1度だけお願いしたのですが、事務局のチカラ不足で、OK取れず、引いてしまう訳ですが、皆様のおチカラをお借りして再度、チャレンジしたいのです。どうかよろしくお願い致します。次回の同窓会を圧倒的に成功させるために!

必ず、OBの会も、同窓会も、参加する優等生の平山さん

●平山さんは検収責任者でした。たしか九州男子で、実家は「お寺さん」?お名前が『広海』さんで、ソレらしいでしょう。当日は、受付の1時間前に到着され、私を出迎えてくれるハプニング。構内で随分、道に迷ったらしいが、更に、農学部のトイレの行き方を教えたが、帰りは迷ってしまったらしい。

●お顔がいい色になって、元気そうだし、次回も必ず参加してくれるハズだ。ポイントは、「わかりやすい道か場所」だ。

挨拶する、菅谷さん。第3回同窓会の幹事さんでした。

●甘いマスクと「スガヤです」の切り出しで有名。第三回同窓会の幹事を行い、忘れかけていた購買部の記憶を鮮明に引き出してくれた方で、第四回と今回とアトムのエンジンをかけた張本人。
綺麗な奥様は「カシコさん」で、正崎さんと菅谷さんは、普通はありえない?昔は普通?『合同結婚式』なるものやって、世間を?驚かせたのはスゴイです。私と同じく、コープかながわで、一時は私の上司でした。髪はグレイでも、まだしっかり、ふさふさで?手入れがいいんでしょうか?教えて欲しい。

募集します。長野ツアー!

●このブログをご覧の方々へ。とりあえず、①思い出の白樺湖 ②車山ハイクか横川渓谷③田代さんの『芸』観劇?④湿原のキャンプ・星空ウォチング⑤温泉でどうでしょう?1泊か2泊で?誰か車の運転して欲しい。アトムは車を持っていないのです。歩きか自転車しか乗らない生活に切り替えてしまいました。
●賛同される方は、メールアドレス:esnpark@jcom.home.ne.jpまで。まだ何も決まっていません。
尚、お持ちになっている、道具。たとえば、テント2人用などをお知らせ下さい。ナンデモです。

挨拶する、宮内美保さん!

●似ていますネ!「秋田のコケシ」人形に。組宣部で、亡くなった小川さん(旧姓・深井)と共に、病院に生協の店をつくる運動をやっていたかナ。好仁会?の展示即売会なんてお手伝いをした事も思い出の一つです。
●そういえば、美保さんの弟さんがいて、2人で生協に勤務していて何だか面白いナアと感じた事がある。弟さんは食堂系で、「労空」(労働者の空手を学ぶ団体)で、鈴木恭さんたちとやっていた記憶がある。顔もそっくりだった。

長野の田代さんと宮内美保さんの2ショット!

●初の参加となった田代さん。真面目とひょうきんさを合わせ持つ人で、スポーツ担当だった。その性格は、今の活動に発芽。東大生協からさいたまコープへ、生協を離れ、本当にやりたかったと考えられる、福祉関係の仕事に。そして、今、老人ホームの「慰問」活動、元来のやさしさと天性とも思える、青空のような明るさから、なんと芸名を持つほどの役者になってしまったのです。是非、一度、その芸をお目にかかりたいですね。
せっかく、長野から来て頂いたのですが、話を交わす時間もなく、二次会は酔ってしまい、記憶は定かでないのです。
●須藤さんも長野が実家なので、簡単に連絡の取れるメンバーで遊びに行こうと思いますが、皆様どうでしょうか?
●宮内美保さんと田代さんも同時期のハズです。年代別テーブル効果が出ていました。
内緒の話ですが、美保さんのご主人様に、何気なく聞いた事があります。「美保さんのどんなところが好きですか?」すると、ややテレ気味に『秋田のこけしみたいなところかナア』(思わずなるほど!!) 
 尚、ご主人は、当時、「カムイ伝」等とともに「民話」をよく読んでいた記憶があります。

元検収コンビです!

●このお二人は、宮内さんと立石さん(旧姓・床波)の元購買部の検収コンビです。本当は、隣に稲代さんがいて検収トリオだったんです。そして、労組の半専従(半日仕事で半日労組、今でもあるのかナ?)
をしていたアトムの四人組でした。

●宮内店長は、頭脳明晰そのものです。物事の本質を見極めるチカラ、分析力そして行動力には、いつも「目からウロコ」の毎日でした。ブレーンストーミングなど、当時では想像もできない私にはビックリする手法を教えてくれました。人柄も素晴らしく、あの、錦野 ヒロシの「空に太陽がある限り」は凄いの一言に尽きます。私もカラオケは好きなほうで、たまになじみのスナックで歌うと、アンコールも来てしまう事もたまに?あるのですが、宮内さんのこの歌は、マジに心に響く内容なのです。よく知らない人は「少し変わっている」なんて言う時があるけど、人間としての生き方がわかっていない人が多い。
本当に頭が良くて、一生懸命に生きている人の見本みたいな人なのです。私の仲人を一つ返事でやってもくれた人でもあります。竹倉さんと宮内さんから学んだ事は、コープかながわでフルに活用させて頂き、その結果、理事会でナント、専務理事候補に3人に一人だった事をかながわを離れてから、当時の専務と飲んでいる中で聞き、少々、サプライズだった。

2009年4月8日水曜日

三浦さん、大手術で復活、検査入院でOKの上、参加!

●東大生協とコープかながわでもご一緒させて頂いた三浦淑男さんは、コープかながわを離れた私も毎月参加している「歩こう会」で時々、お会いしていました。以前、山を下山中に、突然、数メートル下に落ちたのです、三浦さんが。幸い、草が茂っている土手でしたので、怪我もなく、無事でしたが、その事故は、彼の体調になんらかの異変が起きている兆候でした。その後、有志10数名位で、三浦さんのふるさとツアーに行きました。白神大地、ねぶた祭りと連日、山と海を歩き、新鮮な魚貝と山の幸を頂く、それは、豪華な旅でした。しかも三浦さんの友人がガイドとドライバーで毎日ハードな日程をこなして頂き、超美味しいお酒のも出逢い、最高の毎日でしたが、一番疲れたのが彼だったのはと感じていました。
●その後、歩こう会で彼の姿が見られないのに気づき、「最近、三浦さん、見えないネ?」と聞いたところ
「本人の要望で、皆が心配するといけないので、言えないけど..。」「でも、いづれわかるので。実は、心臓のバイパス手術をしてリハビリ中なのよ」皆でお見舞いのカンパが集められ、代表がお見舞いに。

●その後、歩こう会の忘年会に元気な姿を見せてくれ、一同「良かったネ!」

今回の同窓会の参加の前にも、奥様のミッチャンと電話で「検査入院、結果次第で参加できるかどうか」という話を2回ほど行い、OKがで参加して頂きました。(但し、お酒はドクターストップ)

福島・矢祭から参加の福田さん!

●若い頃から、「長谷川一男似」(もう知らない世代も多いが)と言われた、福田さん(旧姓・矢萩)は、以前、生協を離れてから、神奈川の海老名で自転車さんをしていた。私のすぐ近くとは知らなかった。福田さんは検収の責任者(副店長みたいな)だった。皆、若く、やる気も満々だった購買部の面々は、議論百中し、熱くなり過ぎぶつかる時もあった。その時、なだめる役が彼だったと思う。温厚な性格は今も変らない、変ったのは、写真の通りなのです。

●参加に当たって、心配されるのが宿泊だった。長野の田代さんは「息子のとこ」秋田の佐藤さんは「息子夫婦のとこ」で、福田さんは「どこか探して」のリクエスト。「寝るだけなら安いとこでいいですか?」「それで頼むよ」だった。二次会から近く、上野にも近いトコ。4-5件ネットで探す、この時期、サッカー大会、企業の研修が多く、一人に宿泊はやや難点がある。私は飲んで終電に遅れた時にタクシーでは、東京から神奈川まで帰ると、酔いが覚める位の料金でたびたび後悔していた。またカラオケボックスに泊まる事もシバシバだった。そんな馬鹿な事も随分やった経験から、思い出した。3回ほど利用した、カプセルホテルだ。意外と寝れるし、洗面用具もあり、シーツなどの清潔だ。二次会会場から5分にあった。当日、福田さんを竹倉さんと小野さんと私でカプセルホテルまで同行。ロビーを見て、これなら大丈夫と思ったので、そこでサヨナラをした。

●4日後、福田さんに電話。「清潔で、よく眠れた。ありがとう」との事、心配が一つなくなった。

購買部の華・生協の花、黒岩弘子さんです。

●東大生協の美人戦略?学生がよく来店し、職員がよく働くように、高度に仕組まれた隠しワザに一つと思われる(アトムの妄想)ことがこれだ。確かに、購買部の女性達は、一部の例外(超失礼)を除き、綺麗な人が多かった。その代表格が彼女だ。家具売り場にいた私とPGは購買部の入り口正面であった。PGのカウンターで、家具の商品配達を書く、いつも一緒だ。学生や院生の黒岩ファンは多く、私には一目で黒岩目当てがわかった。(推測&憶測)手口は、クラッシクのコンサートのチケットを1-2回購入し、3回目位に「今回のは初来日で、お聞きになりませんか?」と問い、彼女は「当然、聞きたいですわ、でもチケットがお高いので」と「では、私にプレゼントさせて下さい」との流れだったと、記憶は定かではないが...。間違っていればすみません、でも似たケースは?(しつこいナ)

●彼女もOBの会世話人事務局で、福澤さんと紅2点。福澤さんは、会計に強く、酒も強い。黒岩さんはあれでいて、付き合いがよく、特別企画の旅行なども100%参加する。今度、黒岩さんをメインにした企画をやろうと世話人会終了後、誰かが言っていた。(私は耳がいい、耳鼻科の聴音検査でいつも先生がここの音まで本当に聞こえるのですかと驚かれる)

伊藤久美栄さんです。凄く偉かった人なのです。

●伊藤久美栄さんは、駒場から本郷に移動し、業務系の責任者。東大生協から東京事業連合に、初代の業務部長、業務担当理事を経て、さいたまコープの顧問をしていた大物です。

●OBの会世話人・事務局メンバーの一人で、なくてはならない存在です。偉い人にありがちな態度も全くなく、きさくで、結構、面白い人なのです。(秋葉オタクらしく、よく秋葉に行くそうです)OBの会の記念写真の大半は、実は彼が撮っています。デジタルではなく、銀塩で撮るのがいいらしい。

●ここだけの話 彼は同窓生ではありません。(一言メッセージ参照)「のっぴきならない関係で」と死語に近い!(失礼)お言葉でしたが、電話では、「購買は、若い女性が多いしネ」とポロッと。
 伊藤さんこそ、お若い!!(いつも、踊る走査線の織田が着ているコートみたいのを着用してます。)


こちらも初参加のお二人です!

●ご存知、谷さんと諏訪さんです。確か?購買部の商品を都内中心に配送を谷さんが行っていて、私も家具担当で谷さんのお手伝いで一緒にトラックに乗りました。谷さんはある時(当然、飲み会)に「手塚くん、あの頃は楽しかったナア」と言われ、私は「そうですネ。楽しかったデスネ。」と答えたのでしたが、本心は(谷さんが怖かった)のです。ある意味では、仕事の厳しさを知らない私には、「いい薬」でした。

●諏訪さんは竹倉さん、大和さん、諏訪さん、宮内さん、伊藤さんと5人の上司のお一人です。
購買部にいたころから、糖尿病との闘いをしていましたが、その後、大学生協、初経営の「渋谷」のホテルの支配人を永く、携るように。私も1度だけ泊めていただきました。その私も同じ病になるとは、夢にも思いませんでした。その頃は!?
●最近、やや耳が不自由と奥様が電話の先でおっしゃっていましたが、同窓会では、少し表情が少ないのが気掛かりですが、私の思い過ごしかナ?